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2011トルコ東部地震被災者支援事業速報
TURKEY EARTHQUAKE



第3報;先遣隊
Assessment Team

サハラ病院で待機するUMKEのスタッフから聞き取り調査
体育館内に展開された仮設病院(サハラ病院)

2011年11月1日
  朝9時にホテルを 出発、エルジシュに向かいました。 道中に被害が大きかったと言われるAla村に立ち寄り、田舎の被災状況を確認しました。アラ村は小高い丘の山すそにある牧畜を生業にしている村で、村の約3〜4割は何らかの被害を受けている模様であり、パンケーキクラッシュを起こしている家も散在しており、ワンよりは明らかに被災状況は深刻でありました。

 家のつくりは非常に粗末でヒッタイト時代と同じような工法でつくられていましたが、人口数百人の村で死者は1名のみにとどまりました。理由は日曜日の午後でみな農作業等のために外出していたからだとのことです。各家の庭にテントが設置され、物資も十分に補給されていました。医療は一日2回、救急車が医師同乗の上巡回診療に来ており、保健省国際医療救助隊(UMKE)のシステムが機能していると思 われました。

 11時に隣のMolla Kasim村を視察。35戸の内無事だったのは2戸のみであり、通常テントとMevlana House(断熱材による組立式住居:簡素な仮設住宅といった観)が村の公民館スペースに設置してあり、よく組織化されていました。

 人々の健康状況は良好、援助物資は公民館に山積してあり、責任者は他にまわしてあげたいと言っていました。Mevlana Houseはテントの次に政府が設置を考えているトルコ製のもので、テントよりは寒さをしのぎやすいと思われました。 責任者は、現時点の生活上の不安はないが将来の不安を強く訴えました。

 12時にアラ村で配給を視察。イスタンブールからボランティアが1日3回ワンで作ったものを届けており、本日は炒め物とスープ、ご飯で、私達も余りをいただきとても美味でした。

 13時にアラ村を出発、道中は草原のような土地でほとんど住居はありませんでした。14時にエルジシュに到着。町のメインストリート沿いの家のみならずビルも倒壊しているものが目立ち、ここが最大の被災地であることはすぐに分かりました。

 町の体育館に通称サハラ病院が設置されており、UMKEが複数テントを造設し患者診療にあたっています。ポータブルX線挿置も置いてあり、その時の患者数は十数人程度でした。関係者によると当初は外傷主体でありましたが、今は疾患が増え、町の病院と同じような感じであるとのことです。

 重症患者はワンに転送するシステムでありますが、相当レベルまではここで対応できると思われました。テント被災者の管理もUMKEが行っており、180箇所の田舎での巡回診療は、43台の救急車(医師1、看護師2、救急隊員3)で1日1回全地域を網羅していますが、落ち着いてきたため2日に1回に減らすことを考慮中とのことでした。

 全国から医療関係者、救急車、ありとあらゆる援助団体が集結、心のケアも専門家が介入していました。隣接するテントは340個、人工芝の上に敷設されており当初のテント不足は解消されているとのことでした。全戸に暖房器具が配置されていましたが、ガスストーブは夜間使用できないため、夜の寒さが一番つらいという声も聞かれました。

 他テントサイトも視察しましたが、こちらもUMKEとイスタンブールから来た病院が医療援助をしていました。責任者によると現時点では 感染症の蔓延もなく、被災者の健康状態は概ね良好とのことでありました。エルジシュは急性期を脱し一旦落ち着いた状態であり、医療の供給は国内の組織、団体で十分に賄われていると感じました。現在は冬間近ですが降雪も毎日ではなく、しかし今後、雪が降り始めた際には被災民の健康状態が悪化する懸念は十分にある と感じました。

 16時にエルジシュを出発、日没は16時台であり帰途を急ぎました。17時30分にワン到着。3人とも体調は良好で、明日はワンのもう一つの災害対策本部および市内視察を行う予定です。

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