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HuMAの活動 - 2010チリ地震被災者支援のための初動調査

初動調査チーム(高田洋介看護師)活動レポート

2010年3月14日(日)
 タルカからコンセプシオンに向かいました。道中の高速道路は一部改修工事のため上り線を封鎖して下り線と対面通行にするなどの対応がされていますが、概ねスムーズに走れました。約200kmの道のりを3時間程度で走行することができ格段に交通事情が改善しています。ドライバーは震災直後に日本の新聞記者をのせてコンセプシオンに入っており当時の状況を知っていますが、現在はかなり瓦礫などが撤去され道は整備されたと言っていました。

 11時過ぎにコンセプシオンに到着し、市内の視察を行いました。建物の被害は市全体の3割程度で亀裂すら入っていない建物もあります。基本的には鉄筋が入っていないレンガ造りのものばかりが崩れておりました。しかし先月完成したばかりの13階建マンションが倒壊しておりました。 これは地元でも手抜き工事か設計ミスではないかといわれています。パンケーキクラッシュではないので、死者は数名でした。市内北側には木造の家が多くあり、ここに住む人にインタビューをしました。地震の揺れはとてもすごかったけど、けが人はおらず家も壊れなかったのでそのまま生活できているとのことでした。ここでもレンガ造りの家は崩れていました。この地区の人たちの生活は落ち着いており、悲嘆に暮れているような状況ではありませんでした。小規模な商店も再開しています。また大型スーパーマーケットも営業を再開しており、コンセプシオンに関して食糧の不足は無いと思います。
市内の建物 (写真)コンセプシオン被災状況

 昼食後、津波被害が大きかったタルカワノに行きました。ここはコンセプシオンと同じ海岸線の北西に位置する半島にあり、湾(内海)に面している街です。大型の貨物船などが入ることができる港町です。津波で大量のコンテナが流されビルが壊れる被害が出ていましたが、今は撤去されておりコンテナはありませんでした。
市内被災状況市内被災状況(写真)タルカワノ市内被災状況

 インタビューをしてみるとほとんどはコンセプシオン在住の人で、タルカワノの被害がひどいと聞いたので見に来たと言っており、それを確かめるために訪れておりました。中にはサンティアゴから来ている人もいましたが、娘さんがタルカワノに住んでおり物資を運んできたという両親でした。ここは海からせり上がるように丘陵地があり、住宅はむしろ高台に多いため人的被害は少なかったようです。当時津波警報が出ませんでしたが、多くの方は地震を感じてから高台に逃げておりました。津波が到達したのは地震から20分から30分後だと言っていましたので、判断を誤らなければ十分に逃げることはできました。ただ皆が口をそろえて言っているのは、その時どうすればいいのか分からなくなったと言っていました。

 その後カレタトゥンベスという、タルカワノよりもさらに北にある漁港に行きました。海岸線沿いに家が立ち並び、津波の被害を受けていました。ここではレンガ造りの家は跡形もありませんでした。
カレタテゥンベス被災状況カレタテゥンベス被災状況カレタテゥンベス津波の高さ
(写真左・中)カレタテゥンベス被災状況 ・ (写真右)カレタテゥンベス津波の高さ

 しかし木造の家はガラスすら割れていない家もあり、それがレンガ造りの家と隣接している興味深い状況でした。インタビューでは津波は地面からの高さ70センチぐらい(海面から数メートル) だったとの証言がありましたが、建物の2階部分まで激しく変形している木造住宅もあり、同じ海岸線の住宅でも建物被害に大きな差がありました。 レンガ造りの家に住んでいた人に聞くと、家は地震では倒れなかったが津波で完全に破壊されたと言っていました。この方は、現在は親類の家に住んでいるが漁に出ても魚を揚げる市場が潰れてしまっているため困っており、今後どうすればいいのか途方に暮れていると言っていました。ここは、水道が機能しておらず、給水車による配給に頼っており、かなり水が不足しています。食糧も同様に配給ですが不足しているため、身内からの支援などで何とか賄っていると言っていました。暖房は無く、夜はとても寒いため、セーターなどで厚着をして凌いでいましたが、もともとこの気候で長年暮らしているため多少の寒さは平気のようです。健康状態について数名にインタビューしましたが、体調の悪い人はおりませんでした。自治体レベルもしくはボランティアレベルで巡回診療が行われており、医療へのアクセスは確保されていました。

 この海岸線からすこし陸地に入ったところに日本の国際緊急援助で供与されたテントで作られたテント村がありました。 ここのインフラは、電気は整備中で数日以内に復旧する見込みで、水と食糧は配給でした。トイレは薬剤で処理をするタイプの簡易トイレがありました。このテント村の隣の建物で看護師2名が働いており薬の処方を受けることができ、また週に1回は医師の診察が受けられる体制をとっていました。

 このあと、丘陵の尾根にあたる部分に避難してきた人たちがいるテント村を訪問しました。 当初は100家族ぐらいがおりましたが、現在は約80家族が廃材を利用した簡易のシェルターで生活していました。この方たちはカレタトゥンベスから避難してきている人でした。食糧と水は配給で、トイレは穴を掘ってしていますが同様に薬剤で処理をしていました。暖房は無く夜はとても寒いですが、風邪をひくなど体調の悪い人はおらず、定期的に巡回診療が入っておりました。
インタビュー
(写真)カレタテゥンベステント村被災者インタビュー  
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